2016年08月15日

大入・配崎の人柱伝説 <福吉校区・二丈福井> 配崎人柱慰霊塔/2015年12月

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    松原

  本村ノ東二町、官道ニアリ。

  東西二百二十間、幅九間此邉ノ濱ヲ新田濱ト云。

          ー『福岡県史・近代資料編・福岡県地理全誌(六)』
            巻之一百四十八 怡土郡之八 大入村 ○原野







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二丈大入では、毎年盆の15日には、昔から大綱引きをする風習がある。
これは「かずらの綱引き」と呼ばれて、先祖供養の一環である。
白山神社前に集まった地元の人々が左右に分かれて、勝負は3回。
最後の勝負では、審判によって綱は真っ二つに切られる。
負けた方は、綱の半分を海に投げ込み、
勝った方の綱は海岸まで運ばれ、輪に結んで土俵を作る。
勝ち祝いとして、その土俵で子どもたちが相撲を取るのが慣しである。
この慣しが、村を救ったこともあった。

遠い昔、大入の半島であった配崎は、街道沿いの陸地と砂浜で陸続きになっていたが、
東西からの潮の流れが強い日は両側から砂地が削り取られて、
配崎はたちまち孤島となってしまう。
こうなると両陸間の通行も容易ではなくなってしまうため、
長い間村人の頭を悩ませていた。
そんなある年、大きな潮流が襲ってあわや村は大浸水というところで、
海岸に残されていた勝ち綱の土俵が、偶然にも防波堤の役目を果たし、
大浸水から村を救ってくれたという。
これが験担ぎとなって、綱引き行事が長く続けられる理由の一つとなった。

さて、この配崎一帯を襲う潮流の被害であるが、
地元ではこの現象を「ヤガメ」と呼んでおり、これには悲しい人柱の伝説も残している。






  ある晩、大入村の男衆が庄屋宅に集められた。


    「皆の者、突然の寄りに集まってもろうて大儀じゃった。
     わかっておると思うが、
     岬と陸をつなぐための潮止め工事じゃが、
     これ以上、もうちんたらやっとられん。
     これまで通りやっとっても、しょんなかろう。
     何かよい手立てはないものか・・
     皆の知恵を貸してほしい」


  しかし・・・そんな大入庄屋の悲痛な声にも、満座は静まり返っているだけである。
  これまでも幾度となく、同じ話し合いの場が設けられている。
  何度話しても同じこと、皆同じ思いであった。
  その時、座の後方から戸を勢いよく開く音が聞こえたかと思うと、
  一人の青年が息急き切って駆け入ってきた。


    「潮止め工事のことで、私に意見があります!
     庄屋様のおっしゃる通り、
     今まで通りの工事を続けても結果は変わらないでしょう。
     私はこの三日三晩続けて同じ夢を見ました。
     夢には薬師様が現れ、こうおっしゃったのです。

      『築いた堤防が決壊するのは、堤防が貧弱だからではない。
       この村の者は信仰が足りないのだ。
       信仰の魂を捧げ、村の者が工事に励めば潮止めは必ずや成功するであろう。』

     と。
     私にはこれがどうしてもただの夢とは思えないのです!
     本当にこの潮止めを成功させようと考えるなら、
     人柱を立て堤防に魂を入れて守る外ありません!」


  黙って聞いていた男衆は、互いの顔と顔を見合わせ、声にならない声を上げた。
  青年は続けた。


    「人柱には、誰でもよいわけではありません。
     薬師様はこうもおっしゃいました。

      『人柱には、横縞(よこじま)の布で着物に継ぎをしている者を充てよ』

     ・・・・・」


  その場で一同は、恐る恐る互いの着物を調べたところ、
  横縞の布で修繕した衣服を身に着けていた者はたった一人、
  その青年だけであった。

  他の誰でもない、青年自らが言い出したこと。


     薬師様は、私をお選びになったのですね・・・


  あくる日、白装束に身を包んだ青年は、
  両手に数珠を通し念仏を口に唱えながら、配崎の南麓の地に自ら埋まった。

  その様子をじっと見守っていた村の人たちも、しきりに念仏を唱えていたが、
  青年の上に砂がかけ始められると、その声は泣き声に変わった。
  涙ながらに呼び続けられた彼の名が、大入の浜に打ち寄せられる波とともに
  いつまでも谺(こだま)していた。


  この青年の魂の力であろうか…
  その後砂浜の堤防は二度と決壊することはなかったという。
  青年を慰霊する石塔が、配崎の南、マンション傍らにひっそりと祀られている。






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慰霊塔は、ユートピア大入(マンション)の西側にある。


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冬の配崎の海。






参考:『糸島伝説集』/糸島伝説集編集委員会(糸島郡観光協会事務局)
   『二丈町誌・平成版』/二丈町誌編纂委員会(二丈町)
   『怡土志摩地理全誌・1怡土篇』/由比 章祐(糸島新聞社) 他




posted by 由比 貴資 at 00:00| Comment(0) | 大入村
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